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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2653号 判決 1977年10月27日

控訴人(被告) ゼネラル石油精製株式会社

被控訴人(原告) 全国石油産業労働組合協議会ゼネラル石油精製労働組合

〔原審〕 横浜地方川崎支部昭和四七年(ワ)第二九六号(昭和五〇年一一月一七日判決)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴人において、「控訴人の後記主張は争う。労働基準法二四条一項に定める賃金の全額払いの原則は、一旦賃金として計上された金額はどのような名目を付そうとも同条一項但書後段に定める法定の例外の場合を除いては現実に労働者に支払わなければならないことを目的とするものであつて、これをチェックオフ協定が締結された場合についてみると、会社は賃金として計上されている金額のうちから組合費を控除し、その控除額を労働組合に交付すべき義務を負い、これにより交付さるべき金額は労働者にとつて一旦は賃金となつたものの一部であつて、賃金自体が右組合費を差し引いた限度において減縮されるものではない。このことは、一部に行なわれている労働者の自己都合による欠勤等による賃金カットや賃金の一部を前払いした場合は、賃金自体がその減縮された限度で発生するにすぎず、賃金の控除にあたらない場合と対比して明らかであり、控除は一旦は賃金となったものについての問題であるから、チェックオフ協定によつて組合に交付されるべき金額については、賃金として労働基準法二四条の保護の下におかれるのである。このように賃金として一般財産(賃金以外の費目に充てられるもの)から区別されて計上された金額(賃金債権の基礎)については労働基準法二四条一項但書後段の規定に沿つた形態において控除、処理されるのみであつて、会社の一般財産に戻ることはありえないのは当然である。もし仮に会社が組合に対して所定の組合費を控除しその控除額を交付すべき義務を一般財産から履行するものと解するならば会社と組合との直接的な金銭支払関係になつてしまうから、控訴人も認めているチェックオフ協定における準委任契約は単に組合費取立事務の委任(賃金からの控除とその控除額の組合への交付)を内容とし、会社と組合の間の直接的金銭支払関係においては、賃金からの控除ということと何らの関連をもたないこととなつてしまい、かくては労働基準法二四条の趣旨からすると、その控除相当額については賃金が発生していなかつたということとなるので解釈上不合理である。控訴人は、チェックオフ協定に基づき賃金から控除し組合に支払う組合費相当額は会社の一般財産から支払われるもので労働基準法二四条一項本文の制限を受けない通常の金銭債務であり、もし右の控除した組合費相当額の金員については何ら会社の一般財産として区別されて保管されているものでないとして諸種の例を挙げて相殺に適する会社の一般財産に属する債務であると主張するけれども、右協定により賃金から控除し組合に支払うべき組合費相当額は、控訴人の指摘するような特定の金銭である必要はなく、また右相当額が会社の一般財産から支払われるものであつても何ら差支えがない。ただ、この場合の組合費相当額の支払債務が会社の経理上賃金から控除したことにより他の債務と区別されて支払いの対象となるのであり、これが債務についてはさきに述べたように通常の金銭債務ではなく労働基準法二四条の適用を受けたものとして控訴人主張の損害賠償債権とは相殺の要件である互に同種の目的を有する債務ということはできないのである。」と述べ、控訴人において、「チェックオフ協定に基づき会社が従業員の賃金から計算上控除した組合費相当額は会社の一般財産の一部であり、組合が有する組合費引渡請求権は一定の金額を自己に引き渡すことを求める金銭債権であり、その責任財産は会社一般財産にほかならないのであるから、会社は組合に対しすでに弁済期にある反対債権を有する場合に相殺をすることができることは当然である。この点につき会社が賃金から控除した組合費相当額をもつて会社の一般財産から区別されている金額とし、このように区別された金銭を組合に引き渡す債務を会社が負担するもので、会社の一般財産から支払うことを目的とするものでないとすることもできない。すなわち、このような賃金の控除方法は実態から全く遊離しているものであることは、控訴会社では全従業員の賃金が諸控除を含めて全てコンピューターに打ち込まれ、従業員に対しては控除後の賃金が所定の日に各事業所から支払われる一方、組合に対しても本社経理から組合本部の口座に銀行振込みにより組合費相当額が支払われるのであつて、賃金から控除した組合費だけが別口座にして区別されるなど会社財産と識別しうる状態で保管されるものではなく、かえつて、組合本部の預金口座への振込みも会社の一般の預金口座からなされ、あらゆる点で他の諸経費の支払いと異なるところはないからで、実態に則してみれば賃金から控除した組合費なるものは、経理課において計数上記録されているだけで、組合に現実に支払うまでは会社財産から未分離であり、かつ組合への支払いは会社一般財産からなされているのである。またこのように解せなければ、右にいう会社一般財産とは区別された金額につき会社債権者はこれを会社の一般財産として差し押えることはできず、これが差押えを敢行した場合は第三者異議の訴えにより権利の行使を妨げられることとなり、また右金額が盗難等により滅失したときは履行不能の問題が生じ、さらに会社が組合に対し組合費相当額を一般財産から支払つても適法な弁済にならないのでないかとの問題が生ずるけれども、このように解せられるような会社一般財産から区別された金額としてチェックオフ協定に基づき賃金から控除した組合費相当額を考えることはその実態を無視したものといわざるをえない。チェックオフ協定に基づく会社と組合との間の法律関係が準委任の性質を有することは控訴人も争わないが、受任者たる会社が委任事務の処理として組合員の賃金から組合費相当額を控除したときにその金額につき、これを特定物として所有権を問題とすることは適当でないのであつて、会社は控除した金額を交付すれば足り、必ずしもその控除した金員そのものを交付する必要はないことは、控除した組合費相当額はなお会社の一般財産に属しているもので、組合は右の会社一般財産から組合費相当額の支払いを受ける債権を有するものであり、特定の金銭を指定して請求する権利を有するわけでなく、一般の金銭債権にほかならないから、双方の債権は互に同種の目的を有し、対当額において相殺できることは当然である。」と述べたほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書三枚目表四行目中「間で、」の下に「控訴人は」を、同五行目中「控除」の下に「し、被控訴人に交付」を加える。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  被控訴人主張の請求の原因1ないし3の事実並びに同4の事実のうち、控訴人が被控訴人主張の協定に基づきそれぞれ同表日時欄記載の日に被控訴人に支払うべき同表支払金額欄記載の組合費を控除したが、そのうち同表未払金額欄記載の金員を被控訴人に支払つていないことは、当事者間に争いがなく、右の事実によると、被控訴人は控訴人に対しその主張の協定に基づき請求原因4記載の表のうち未払金額欄記載の各金員及びこれに対する同表日時欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める債権を取得したものと認められる。

二  控訴人の相殺の抗弁について

前記認定の被控訴人の取得した債権は、使用者が労働者に支払うべき賃金のうち当該労働者がその加入する労働組合に対して負担する組合費相当額につき労働組合との合意により右賃金から控除して直接労働者に支払うことなくその定めるところにしたがつて労働組合に交付することを約したもので、いわゆるチェックオフ協定に基づいて使用者たる控訴人が賃金から控除した組合費相当額の一部であつて、このような債権につき反対債権を有する者が相殺できるかどうかについてみるに

(1)  本件チェックオフ協定の法律関係

成立に争いのない甲第四号証、第七号証、第八号証、乙第四六号証、第四八号証、原審証人前田昌亮の証言により成立を認める乙第四七号証、第四九号証、原審における証人小野木祥之、同前田昌亮の各証言、被控訴組合代表者本人尋問の結果並びに前記当事者間に争いのない事実をあわせ考えると、次の事実が認められる。

(イ)  控訴会社においては、被控訴組合の結成以前の昭和三八年同会社の従業員で組織する同会社従業員会が成立し、同年一一月二日には控訴会社は右従業員会の申出に基づき同従業員会代表者との間に労働基準法二四条一項但書に基づき従業員に支払うべき賃金の控除に関し諸種の控除金を定め、そのうちには従業員会会費が含まれていた。被控訴組合は、昭和四〇年二月一日結成されたが、同組合の申出に基づき控訴会社は同組合に所属する従業員に支払う賃金のうちから同組合費相当額を控除して被控訴組合に支払うことを慣行的に行なつてきたところ、同年七月九日控訴人と被控訴人との間で組合費の控除に関する確認書を作成し、(1)会社は毎月の給与より組合費を控除しこれを一括して組合に納付し、なお組合加入金、その他臨時の組合会費は給与控除の対象とはしないこと、(2)控除対象者は毎月一日現在の組合員とし、なお組合に新規加入があつた場合等控除対象に変更があつた場合には本社及び川崎製油所においては組合本部より総務部人事課宛、堺製油所においては組合堺支部より事務部人事課宛にそれぞれその都度通知すること、(3)控除額は各人の本給に一・二%に一〇〇円を加えた額とし、なお本控除額の変更は年一回とし、変更の場合は変更希望月の一か月前に会社に通知すること、(4)本給与控除に関する苦情、問い合せは一切組合がこれを行なうことを定めた。その後、昭和四五年一月二六日には被控訴組合の申出により右の控除額並びに控除の時期及び対象者を前記請求の原因2記載のように改めて協定を締結し、さらに昭和四六年九月九日には右の控除額が同請求の原因3記載のように変更された。

(ロ)  右の組合費の控除及びその控除額の交付は、控訴会社の本社経理課が本社及び川崎製油所の従業員のうち被控訴組合の組合員である者の賃金について、堺製油所の経理課が同製油所の従業員のうち被控訴組合の組合員である者の賃金について、それぞれ控除を行ない、次に本社経理課が右控除額を全部集め、これを一括して被控訴組合の本部に、その預金口座に振り込む方法で、交付することによつてなされていた。なお、控訴会社では従業員から被控訴組合よりの脱退届があつたときは、当該従業員に支払う賃金から組合費の控除は行なわず、したがつて、右組合費相当額を被控訴組合に交付しなかつた。他方、本件で相殺を主張する以前において、控訴会社は被控訴組合に対し電話料立替金その他の債権を有する場合でも、チェックオフ協定により控除した組合費相当額の交付金からこれを差し引くことなく、それぞれ各別に支払い決済されていた。

以上の事実が認められ、右の認定に反する証拠はなく、なお、右チェックオフ協定に関し(1)使用者たる控訴会社と被控訴組合の組合員たる従業員との間にはこれに対応して賃金から組合費相当額を控除することにつき同意する旨の書面が取り交されたこと、(2)被控訴組合の組合規約ないしはその組合員との間における合意として、組合員たる従業員が控訴会社から支払いを受ける賃金のうちから組合費相当額を控訴会社において控除しこれを組合に直接交付することを定めたことを認めるに足る証拠はない。しかし、被控訴組合の組合員たる従業員は右により組合費が徴収されることにつき何らの異議を申し述べたことはなく、前示認定のチェックオフ協定成立以降これが協定の定めるところにしたがつて組合費の納入が行なわれてきた事実が認められる。

右の事実によると、控訴会社は右のチェックオフ協定に基づき被控訴組合員たる従業員に支払うべき賃金のうち組合費相当額を控除し、これが控除額をとりまとめて被控訴組合の預金口座に振り込むことを約したもので、これにより被控訴組合は控訴会社の負担において簡便な方法により組合費徴収の実を挙げることができる利益を有するものであるから、労働協約としての性質を有するものと解すべきところ、控訴会社と被控訴組合の組合員たる従業員との間には明確な組合費控除の同意に関する書面等は存在せず、また被控訴組合の組合規約において右の協定に基づき控訴会社において賃金から組合費相当額を控除し被控訴組合の預金口座に振り込むことによつて組合費を納入する定めがないが、被控訴組合の組合員はその組合の組合員として被控訴組合が右のような方法により組合費を徴収することにつき組合が結成された昭和四〇年二月から従前の従業員会会費納入に準じた方法により慣行的に実施し、同年七月被控訴組合から控訴会社と締結したチェックオフ協定に基づき組合費が納入されることにつき何らの異議も申し出たこともなかつたのであり、しかしてこのように異議を申出でなかつた所以のものは、元来労働者は賃金の全額請求権を有するから、被控訴組合の組合員は右の協定に基づいて自己が支払いを受ける賃金のうちから組合費相当額が控除され、その控除額が被控訴組合に交付されることによりその納入すべき組合費が徴収されることとなることについて黙示の承認をしていたものと解すべきであるからであり、これをさらに他面からみれば被控訴組合の組合員は控訴会社の従業員として控訴会社が右協定に基づき組合費相当額を賃金から控除して被控訴組合に交付し同組合員の組合費納入義務が履行される結果となることの範囲でこれが取扱いを承認していたものと解すべく、また被控訴組合に対しても自己が納付すべき組合費相当額をその受領すべき賃金から控除を受けて被控訴組合においてこれを代理受領して組合費に充当することを承認していたものというべきであるから、右の協定により被控訴組合が控訴会社から交付を受ける関係は組合員たる従業員に代理してこれを受領するものであるが、当事者間においては右協定に基づき現実に組合費相当額が支払われてはじめて右協定に基づく履行であつたものと解するのが相当である。

(2)  相殺の許否

控訴会社が相殺に供しようとする自働債権は、控訴会社の被控訴組合に対する不法行為に基づく損害賠償債権であるところ、その受働債権は、前示説示のようにチェックオフ協定に基づき被控訴組合が控訴会社に対して賃金から控除した組合費相当額の交付請求権であるが、その請求権は被控訴組合の組合員たる従業員が有する賃金請求権の一部であり、かつこれが自己の所属する組合に組合費として現実に納付されるようにその受領の代理権を被控訴組合に与えたものであつて、現実に履行されることを要し、相殺等それ以外の履行方法によつても差し支えないことにつき何らの特約の存在を認むべき証拠がない以上、右協定の解釈上相殺を認めない趣旨と解すべきであり、したがつて当事者が相殺につき反対の意思を表示した場合(民法五〇五条二項本文)に該当し、控訴人の主張する債権をもつて被控訴人が本訴において請求する債権と相殺することはできない。

(3)  控訴人は

(イ)  控訴会社は組合員に支払う賃金のうちから被控訴組合の授権にしたがい被控訴人に代つて組合費相当額を引き去つたにすぎず、その後はもはや会社と従業員との間に賃金不払の問題を生ずる余地はない、と主張するけれども、賃金から組合費相当額の控除は前示のチェックオフ協定によつているもののこれが賃金から控除されるのは前示説示のように従業員においてその控除額が組合費として納入される範囲で承認していたものであるから、控訴会社において右組合費相当額を組合に現実に交付せず、したがつて組合費納入の効果が生じない以上、控訴会社としては従業員との間において右相当額の賃金が支払われなかつたこととなるのであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(ロ)  次に、組合費の徴収は元来組合自ら行なうべきであり、これを使用者が無償で代行するについては一定の条件(協定の存在)がととのえば、便宜供与として労働基準法違反の責任を問われないというにすぎず、会社がチェックオフ協定により負担する義務は同協定により控除し徴収した組合費を被控訴組合に引き渡すという準委任契約上の金銭引渡債務にほかならない、と主張するけれども、前示説示のように右協定に基づき組合費相当額を賃金から控除し被控訴組合に引き渡す趣旨は組合員たる従業員においてこれが組合費として納付される限りにおいて控除を承認しているものであるから、従業員と会社との間において特に会社が組合費相当額を控除したことにより組合費納入の効果を発生させ、その控除額の引渡しが通常の金銭債務とする旨の合意の存しない以上、右協定からは組合費相当額の控除により直ちに組合費納入の効果が生ずるものとは解せられないし、また控除額が現実に組合に引き渡されて会社の賃金全額支払義務が履行されたものというべきであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(ハ)  さらに、チェックオフ協定に基づき控除した組合費相当額は会社の一般財産の一部であり、被控訴組合においてこれが履行を求めるのも会社の一般財産に対してであつて、右控除された金員が会社の一般財産から区別されていない一般の金銭債権にほかならない、と主張するけれども、右のチェックオフ協定に基づき控除された組合費相当額が会社の一般財産に属したとしてもこれにより、右協定に基づく被控訴組合の反対請求権の前示の性質を変ずるものではなく、これをもつて控訴人と被控訴人との間の一般の金銭債権ということはできないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

以上、控訴人の相殺の抗弁に関する主張はすべて理由がなく、その主張の自働債権の存否につき判断するまでもなく、控訴人の相殺の抗弁は理由がない。

三  右によると、控訴人は被控訴人に対し前記請求原因の4の表の未払金額欄に記載してある各金員及びこれに対する同表記載の各支払日の翌日から民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  したがつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告は、原告に対し、金四二、〇五二円及び(1)内金五、四一五円に対しては昭和四七年一月二六日から、(2)内金八三七円に対しては同年二月二六日から、(3)内金一九、八四〇円に対しては同年四月二六日から、(4)内金一〇、八五〇円に対しては同年五月二六日から、(5)内金五、一一〇円に対しては同年六月二六日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

三 この判決は仮に執行することができる。

事実

(双方の求める裁判)

一 原告

1 主文第一、二項同旨

2 仮執行の宣言

二 被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(双方の主張)

第一原告

一 請求の原因

1 被告は、肩書地に本社及び川崎製油所、堺市築港浜寺町に堺製油所を置く石油精製会社であり、原告は、昭和四〇年被告会社の従業員をもつて組織された労働組合であり、その組織として本部並びに各製油所に対応してそれぞれ川崎支部及び堺支部を設けている。

2 原告は、昭和四五年一月二六日被告との間で、組合費を毎月の給与から控除することについて、左記の協定を締結した。

(一) 控除額(円単位を切上げて一〇円単位とする)

(1) 組合費

(イ) 各人本給の一・五パーセントに二〇〇円を加えた額

(ロ) 各人昇給差額支給額に一・五パーセントを乗じた額

(2) 組合資金

各人期末手当支給額に一・〇パーセントを乗じた額

(二) 控除の時期及び対象者

(1) 組合費

(イ) 前記(1)の(イ)については、毎月一日現在の組合員を対象として毎月控除する。

(ロ) 前記(1)の(ロ)については、昇給差額支給時現在の組合員を対象として支給時に控除する。

(2) 組合資金

期末手当支給時現在の組合員を対象として支給時に控除する。

(三) 交付期日 毎月二五日

(四) 控除額の変更

年一回を限度とし、原告が変更を希望する場合は、一か月前に被告に申出る。

3 原告は、昭和四六年九月九日被告に対し、前記協定の(四)に基づいて、次の(一)(二)のとおり控除額の変更を申入れ、同年九月分から、控除額がそのとおり変更された。

(一) 前記協定の(一)の(1)の(イ)について。

各人本給の二・五パーセントに五〇〇円を加えた額

(二) 前記協定の(一)の(2)について。

(1) 毎月一人一、〇〇〇円

(2) 各人期末手当支給額に二・〇パーセントを乗じた額

4 被告は、前記協定に基づいて、原告に対し毎月二五日に組合費控除額を支払うべき義務を負つているものであるが、それぞれ、次の表の日時欄記載の日に原告に支払うべき同表支払金額欄記載の各組合費を控除したが、そのうち同表未払金額欄記載の各金員を支払わない。

日時

支払金額

未払金額

四七・一・二五

四二九、三七〇円

五、四一五円

四七・二・二五

四二六、七八〇円

八三七円

四七・四・二五

三九五、〇六〇円

一九、八四〇円

四七・五・二五

三八二、八〇〇円

一〇、八五〇円

四七・六・二五

四七七、九三〇円

五、一一〇円

5 よつて、原告は、被告に対し、右未払金額欄記載の各金員及びこれに対する各支払日である右日時欄記載の日の翌日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 抗弁に対する認否

1 被告が原告に対し、被告主張の不法行為に基づく損害賠償請求権を有することは否認する。

抗弁1の(一)の(1)のうち、原告組合員が、堺製油所において昭和四六年四月二三日から同四七年四月二七日までの間延三九回にわたり、本社・川崎製油所において昭和四六年七月一四日から同年八月二七日まで(同月二八日の貼付行為は否認する。)延七回にわたり、被告会社の社屋にビラを貼付したことは認めるが、その枚数は否認する。被告主張の昭和四六年四月二三日の貼付行為のうち、「若野組合員」は否認する、貼付場所に「全面」とあるのは否認するが、その余は認める、ビラの記載内容は認める。貼付の態様のうち、「なすりつけ」「全面糊付というより、殊更必要以上の糊をつけて窓ガラスを汚くする意図に出た」「五〇〇枚」「一〇枚前後」「五枚前後」「窓の採光は著しく妨げられることになつた」との点は否認し、その余は認める。

同(一)の(2)は否認する。

同(二)の(1)は不知。(2)は否認する。仮に原告組合員がしたビラ貼り行為が不法行為となるとしても、右不法行為によつて生じた損害とは、建造物等被告の所有物件に生じた財産的価値の減少であり、被告がビラの撤去に要した費用のごときは、右損害とはならない。又右にいう価値の減少とは、物件それ自体について客観的に定められるものであつて、被告の主張する作業代金は、被告と下請業者との間で自由な価格決定に基づいて支払われたものであり、右代金の額は被告の主観的意思によつて決められるものであるから、ここにいう損害とはなしえない。

2 同2のうち、被告主張の日時にその主張の各相殺の意思表示があつたことは認めるが、その効果は争う。

3 被告がした相殺は、次の理由により、法律上許されない。

(一) 労働基準法(以下、労基法という。)二四条違反

賃金とは、「労働の対価として使用者が労働者に対して支払うすべてのものをいう」(労基法一一条)のであつて、金銭・物・その他の利益が含まれる。ここに利益とは、労働者が使用者又は第三者に対し支払義務を負つている場合に、右出費を免れることを意味する。労基法上、かかる利益も賃金としての保護を受ける。原告組合の組合員たる労働者は、その賃金のうち組合費として控除された分については、自己の金銭から当該組合費を支払う義務を免れる利益を有する。労働者がかかる利益を有する間、即ち組合費が現実に支払われるまでは、右利益は、労働者対会社の関係において賃金性を有している。

労基法二四条一項本文は、賃金の全額払の原則を定め、同項但書は、例外的に賃金の一部の控除を認めている。この控除は、控除額に相当する労働者の賃金(利益)が完全に全うされ、自身で支払つたと同様の効果が確実に期待されるから認められるのであり、そこに控除者の恣意ないし裁量の入る余地はないのである。組合費の控除も、右控除の一場合であるが、組合費が控除された場合に、被告主張のような相殺を認めることは、利益をも賃金として保護する労基法の趣旨に反するものであるから、右相殺は許されない。

(二) 民法五〇五条一項但書の適用

元来、チェックオフ協定は、団結承認的意義と組合保障的機能を有している。組合費滞納による脱落の防止、組合財政の確立がその基本的な機能である。本件原被告間に締結されているチェックオフ協定も、当然のことながら、右のような組合活動保障として締結されたものである。したがつて、本件チェックオフ協定によつて被告が負担する債務も右の趣旨に照して解釈されるべきである。原被告間の合意の内容は、原告は、団結権の維持強化という前提に立つて、組合員の賃金から所定組合費を控除してこれを原告に引渡すことを被告に委任(準委任)し、被告が、組合保障という前提に立つて、組合費を控除し、控除した組合費を一括して原告に引渡す義務を負うというものである。被告の義務は、組合保障という制約を本来的に負つているのである。被告の義務は、一般民事法上の金銭支払義務とは性格を異にするもので、控除した金額は、そのまま原告に引渡すべきものである(むしろ原告が、被告保管中の一定の金銭について所有権的権利を有しているといいうるであろう。)。かような見地からすれば、取引上の決済方法として規定された「相殺」は、その適用がなく、又被告が控除した金額を原告に支払うべき義務は、民法五〇五条一項但書の「但債務ノ性質カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス」に該当し、被告主張の相殺は許されないというべきである。

三 再抗弁

被告主張の相殺は、原告組合の弱体化を意図してなされた不当労働行為意思に基づくものであり、労働組合法七条三号に該当し、無効である。

被告は、昭和四五年の春闘時前後から露骨に原告組合を敵視し、組合役員に対する解雇を含めた大量処分をなし、同年八月第二組合が結成された後は、就労差別、不当配転を敢行した。これがため原被告間には、大阪地方労働委員会、神奈川地方労働委員会に不当労働行為救済申立事件が係属中である。被告は、原告組合の活動を極度に嫌悪する余り、たまたま組合費が原告とのチェックオフ協定で被告に保管されているのを奇貨として組合に圧力をかけようと企て、今後、原告がビラ貼りを継続すれば、相殺するとして、ビラ貼りを事前に規制し、もつて原告組合の活動に介入し、若し原告組合がそれでもビラ貼りをすればその度に相殺し、その結果やがて組合財政が危機に陥り、原告組合が自然崩壊することを期待するという一石二鳥の効果を狙つて、本件相殺をするに至つたのである。右相殺の不当労働行為性は、原告が、相殺は違法であるとして明確に反対の意思を表明したのに、被告が敢てこれを行つたという経過からも明白である。本件相殺は、裁判所による組合活動の正当性の客観的な判断をまたずに、被告会社の独断でその違法性を判断し、組合費から迅速確実な賠償を受けるというものであつて、私法上の相殺というほかに、先制的な使用者の争議対抗行為としての実質をもち、いわゆるロックアウト以上の効果を挙げることが可能である。したがつて、本件相殺を単なる私法上の権利行使といつた側面ではなく、本件相殺のもつ先制的争議対抗行為の実質を、原被告の労使関係の中で評価すべきである。

第二被告

一 答弁

請求原因の1、2、3は認める、4のうち被告が原告に対し同表未払金額欄記載の金員を支払う義務があることは否認するが、その余は認める、5は争う。

二 抗弁

1 被告は、原告に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。即ち

(一) 原告の不法行為

(1) 原告は、昭和四六年四月から同四七年四月まで、ビラ貼り闘争・ステッカー闘争と称して被告会社の社屋にところ構わず多数のビラないしステッカー(以下、ビラという。)を貼付する行為を繰返した。これを少しく詳言すれば、昭和四六年四月二三日午前八時頃原告組合の組合員約六〇名が組合事務所前に集合し、前日から用意されたと思われる多数のビラ(長さ約三五センチメートル、幅約一五センチメートル)と糊を持つて堺製油所の本館前へ行進し、若野組合員のハンドスピーカーによる「ビラを貼れ」との指示により全員で、「スト貫徹」「研修室粉砕」「不当配転粉砕」「春闘勝利」等と記載したビラの貼付を開始したのであるが、貼付の態様は、ポリバケツ等に入れた糊を素手ないし軍手をつけた手ですくつて、本館別館の窓ガラス及び南側扉の全面になすりつけ、その上からビラを次々に貼りつけてゆくもので、全面糊付というより、殊更必要上の糊をつけて窓ガラスを汚くする意図に出たものという外はないものである。貼付したビラは約五〇〇枚に及んだ。本館窓ガラスは、上下に分かれており、上が高さ約一・五メートル、幅約八〇センチメートル、下が高さ約七〇センチメートル、幅約七〇センチメートルであるが、上側窓ガラスには平均して一〇枚前後、下側窓ガラスには五枚前後のビラが貼られたので、窓の採光は著しく妨げられることになつた。そして原告組合員は、右のように、堺製油所においては昭和四六年四月二三日から同四七年四月二七日までの間延三九回にわたり、本社・川崎製油所において昭和四六年七月一四日から同年八月二八日までの間延八回にわたり、ビラを一回当り多いときは約一、二〇〇枚、少いときは約七〇枚、総計約一七、八一〇枚を被告会社の社屋に貼付した。

(2) これらビラ貼付行為は、毎回被告会社の再三の警告と制止を振切つてなされたもので、ビラの枚数及び貼付回数が異常に多いこと、貼付の態様も全面糊付によるもので必要以上に建物等を汚損するものであること、建物の外観を殊更損ね室内の採光を妨げるものであること等いずれの観点から見ても正当な組合活動を著しく逸脱した違法なものである。

(二) 損害賠償請求権

(1) 被告は、昭和四六年七月頃までは管理職の手でビラの撤去作業を行つていたが、回数が多く管理職の本来の業務に支障をきたすに至つたので、やむなく工場内の清掃に当つている下請会社に依頼して、ビラの撤去並びに糊の洗流し等の原状回復作業を行わせた。被告がその費用として支払つた金額は、次のとおりである。即ち

(イ) 五、四一五円  本社・川崎製油所において昭和四六年八月二四、二五日貼付されたビラの撤去並びに建物等の原状回復作業

(ロ) 八三七円    堺製油所において昭和四六年一一月二四日貼付されたビラについての右(イ)と同一の作業

(ハ) 一九、八四〇円 堺製油所において昭和四七年二月四日、七日、八日、一二日、一五日、一九日、二四日、二八日貼付されたビラについての右(イ)と同一の作業

(ニ) 一〇、八五〇円 堺製油所において昭和四七年三月三日、九日、一八日、二九日貼付されたビラについての右(イ)と同一の作業

(ホ) 五、一一〇円  堺製油所において昭和四七年四月一一日、二七日貼付されたビラについての右(イ)と同一の作業

(2) これらビラの撤去及び建物等の原状回復に要した費用は、もとより原告の不法行為によつて生じた損害である。したがつて、被告は、原告に対し、右(イ)ないし(ホ)の各損害賠償請求権を有する。

2 そこで被告は、原告に対し、次の表のとおり、右各損害賠償請求権と原告がチェックオフ協定に基づいて被告に対して有する控除組合費の支払を求める債権(請求原因の4の表の支払金額欄)とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。よつて、原告が本訴において支払を求める債権はすべて消滅した。

意思表示到達日

自働債権

受働債権

四七・一・二五

五、四一五円

請求原因4の表の

1の四二九、三七〇円

四七・二・二五

八三七円

2の四二六、七八〇円

四七・四・二五

一九、八四〇円

3の三九五、〇六〇円

四七・五・二五

一〇、八五〇円

4の三八二、八〇〇円

四七・六・二五

五、一一〇円

5の四七七、九三〇円

3 被告のした相殺は有効である。

(一) 賃金としての「利益」とは、労働の対価として使用者から労働者に支給される通貨ないし物以外の価値であるが、それは通貨の支払に代えて支給されるものでなければならないし、又それは「法令若しくは労働協約に別段の定がある場合」に限る(労基法二四条一項)。本件の場合、原告の主張によると、組合員の賃金は、一部が通貨で支払われ、その余は通貨に代えて「組合費を自ら支払う義務を免れる利益」で支払われたということになるのであるが、法令若しくは労働協約にかかる定めがないことは勿論、会社は賃金を全額通貨で支払つているのである。そして、この全額通貨によつて支払う賃金の中から、原告の授権に従い原告に代つて組合費相当額を引き去つたに過ぎず、その後はもはや会社と従業員との間に賃金不払の問題を生ずる余地はないのである。

仮に、原告主張のように、賃金の一部が通貨に代えて「組合費を自ら支払う義務を免れる利益」なるもので支払われたという考え方をとつてみても、被告が原告に代つて組合費を徴収し終つた段階で、組合員は組合費納入義務を果したもの、即ち右の利益による賃金支払を受けたものというべきである。けだし、被告が、原告からの適法な授権に基づいて、原告のために取立行為を完了したのであるから、組合員からみて組合費の支払は有効になされたと解するほかはないからである。

(二) 原告の、民法五〇五条一項但書の適用に関する主張は、過去に例のない全く原告独自の見解である。原告主張のように、相殺されると組合財政がおびやかされる虞れがあるというだけでは、相殺許容性がないとはいえない。けだし、組合といえども、不法行為によつて他人に損害を与えた場合には、全財産をもつてこれを償うべきは当然であるからである。

原告は、チェックオフ制度は、組合保障の制度であり、会社は、保管中の組合費について組合保障という制約を負つているとも主張するが、全く独自の見解であつて、現行法体系から考えて到底無理な主張といわざるをえない。元来、組合費の徴収は、組合自ら行うべきものであり、これを使用者が無償で代行するについては、一定の条件(協定の存在)がととのえば、便宜供与として労基法違反の責任を問われることはないというに過ぎないのである。したがつて、会社がチェックオフ協定により負担する義務は、同協定により控除し徴収した組合費を原告に引渡すという準委任契約上の金銭引渡債務にほかならないのであつて、それ以上のものでもなく、又それ以下のものでもない。

三 再抗弁に対する認否

被告がなした相殺が不当労働行為であるとの主張は否認する。

(証拠関係)<省略>

理由

一 請求原因の1ないし3の事実、同4の事実のうち、被告が、協定に基づいて、それぞれ同表日時欄記載の日に原告に支払うべき同表支払金額欄記載の組合費を控除したが、そのうち同表未払金額欄記載の金員を原告に支払つてないことは、当事者間に争いがない。

二 被告の相殺の抗弁について、まず、被告主張の相殺が許されるかどうかについて検討する。

前述のとおり、昭和四五年一月二六日原被告間に締結された協定において、被告は、毎月従業員に支払うべき給与の中から、組合費として(イ)各人本給の一・五パーセントに二〇〇円を加えた額及び(ロ)各人昇給差額支給額に一・五パーセントを乗じた額を控除し、右控除額を毎月二五日原告に交付すべきものと定められ、その後昭和四六年九月分から右(イ)の控除額が各人本給の二・五パーセントに五〇〇円を加えた額と変更されたことは、当事者間に争いがない。そして、前述のとおり、請求原因の1の事実は、当事者間に争いがなく、この争いがない事実に、証人小野木祥之、同前田昌亮の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、被告会社は、川崎市に本社及び川崎製油所を、堺市に堺製油所をそれぞれ有し、被告会社の従業員をもつて組織する原告組合は、その組織として、組合本部のほか、川崎製油所及び堺製油所に各支部を、本社に分会をそれぞれ有するが、前記組合費の控除及び右控除額の交付は、まず、被告会社の本社の経理課が本社及び川崎製油所の従業員のうち原告組合員である者の賃金について、堺製油所の経理課が同製油所の従業員のうち原告組合員である者の賃金について、それぞれ控除を行い、次に、本社経理課が右控除額を全部集め、これを一括して原告組合の本部に、その預金口座に振込む方法で、交付することによつてなされていること、組合支部へは本部から交付金という形で引渡されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

およそ相殺が許されるためには、二当事者間に互に対立し同種の目的を有する債権が存在することを必要とする(民法五〇五条一項本文)。右にみたところによれば、被告は、前記協定によつて、原告に対し、従業員に支払うべき賃金から所定の組合費を控除したうえその控除額を一括して原告に交付すべき債務を負つているということができ、原被告間の右法律関係は、準委任の性質を有するものというべきである。即ち、受任者たる被告は、委任事務の処理として、従業員に支給する賃金からの組合費の控除及び委任者たる原告への右控除額の交付を行うのであるが、元来、右控除にかかる金額は、もと従業員に支払うべき賃金の資金として、すでに被告会社の一般財産から支出されたもの(それの一部)であつて、たとえその後にいわゆる控除が行われたとしても、そのゆえに右控除額が被告会社の一般財産に復帰するものとは解せられない。そして、右控除後の被告の債務は、まさに右のように賃金支払の資金としてすでに被告会社の一般財産から区別されている金額を原告に交付することがその目的なのであつて、被告が本訴において自働債権として主張する不法行為に基づく損害賠償請求権とは、その性質を異にし、彼此同様の目的を有する債権ではないというべきである。もし、右の見解と異なり、被告は、毎月算数上自動的に定まる組合費相当額の金員を原告に支払う義務を負い、これを履行するものと解するならば、被告は、一たん賃金支払のために支出した資金を、これとは無関係の右組合費相当額の金員の支払債務の履行に充てる結果となり、賃金全額払の原則に対する例外として賃金からの控除を認めた協定の趣旨に反することとなる。また、前述のように、被告の債務は、賃金支払の資金として被告の一般財産から区別された金額を原告に交付することを目的とするものであることを認めながら、被告主張の相殺を許すとすれば、本来相殺は、対立する債権を対当額で消滅させるもので、当事者間の支払資金の移動及び各当事者における資金額の変動を伴わないものであるのに、本件の場合には、相殺がなされたあとに、控除額に相当する分だけ被告会社の資金が増加したと同様の結果を生じ、明らかに不当である。

右のとおりであるから、被告の相殺の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。

三 そうすると、請求原因の4の表の未払金額欄に記載してある各金員及びこれに対する同表記載の各支払日の翌日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は、すべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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